『バス事故』

 まだ全身が震えている・・・


「ユタ州・日本人観光客・交通事故」


最初にこのニュースを見たのは、ロイターのニュースページだった
まだ日本ではYahooニュースにも出ていないとき


“Utah”  “Japanese Tour Bus”  “14 people” “ Bryce Canyon”


“3 death”


そんなキーワードが目に飛び込んできた
UPされたのは「30 minuets ago」

30分前だ

詳細は出ていない


・・・・・


こんなところに日本人グループが行くツアーってあるか?

ブライスキャニオンだぞ。無いだろう!?


絶対うちだ・・・うちのグループだ。。。
全身の血液が凍りつく感覚

・・・・・

弊社ではグループ留学として、ブライスキャニオンを含むユタの大自然を満喫する留学を取り扱っている

スタートしてもう8年

僕が小中学生グループを引率したこともある


毎年大人気のコース

今年は38名が参加している 3週間のコースだ
11名~14名の、3グループに別けて行っている 


震える手で、現在参加中のグループのスケジュールを確認


祈るような思いで・・

8月10日の日程は・・・
「ブライスキャニオン」

ビンゴだ。。。 

今日はみんな、ブライスに行っている・・・

やっぱりそうだ・・・
このグループ、うちが手配したグループだ・・


そうこうしているうちに、Yahooニュースにも速報が出た
相変わらず詳細はまだ


スタッフ総動員で安否確認の電話をかける
ユタ時間は深夜2時 でもそんなのカンケイねぇ!!

現地スタッフはじめ、参加者の携帯にも容赦なくかける!

みんな出ない・・
みーんな出ない・・・


焦る・・・
心臓の鼓動が速くなりすぎて止まりそうだ


電話攻撃から約15分
一人の学生が電話に出た!


「あぁ~・・・いわさきさん。。。」


消えるような、今にも泣きそうな震える声だった・・・


そして・・・

「寝てましたぁ~ どうしたんですかぁ~??」


その瞬間、いろんなものから開放された気分になった。。。
みんな無事だ!

「ごめん、起こした?事故になんてあってない!?!?!?」
― 「はいぃ~? 寝てましたよぉ~・・・」




すぐに参加者のご家族に緊急連絡

事故をまだ知らない方もおられたが、ニュースを見て「もしや!」と思っていましたと言われた親御様は、電話の向こうで安堵の涙を流していました

いかんせん事故の詳細が、まだ日本のメディアに伝わっていない時だったので、、、


あぁ、なんか書いてたらまたドキドキしてきた。
もう止めよう。


事故に遭われた方々やご家族の気持ちを思うと、「うちじゃなくてよかった」なんて絶対に書けないが、電話に出てくれた子の「寝てましたぁ」の声を聞いたときは、心の底からホッとしました。。

- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

小学校・中学・高校留学、中退からの留学、不登校からの留学
大学・大学院留、語学留学、海外インターンを提供する
横浜・福岡のAJ国際留学支援センター

高卒認定資格(大検)予備校・通信制高校サポート校・フリースクール
高校中退者・不登校・引きこもりの方をサポートする
福岡のAJ国際高等学院
---------------------------------------------------------------
最新記事
プロフィール

岩崎宗仁

Author:岩崎宗仁
1975年生まれ O型
神奈川県 相模原市出身

小さい頃の夢はパティシエ。幼稚園の頃からピアノも習い、こう見えてメルヘンチックな部分もあります。他方、野球部ではキャプテンを。本気で甲子園で投げる自分を想像したり・・

肘を壊して空手に転向。団体競技から個人競技へ。「強いってどんな気持ちだろう?」小学生時代はよく風邪をひいていたし、怪我も多かったし、精神的にも弱い自分を克服したい思いが強かった。(克服できたかは疑問。。)

「中学を卒業したら、大阪の辻製菓専門学校に行く」と決めていたものの、中3になって「入学は高卒以上」という一文を発見。しぶしぶ高校へ。高1の夏、親に頼み込んで4週間のニュージーランド留学&ホームステイに行かせてもらう。これをきっかけに海外に開眼。考えてみれば、自分が「やりたい」と言ったことは、なんでもやらせてくれる親だった(感謝)。なにしろやりたいことをやった。好奇心の赴くまま。「やるなら今しかねぇ!」の長渕剛がテーマ曲。

学生時代は、長い休みを使っては海外へ。世界20数カ国を一人旅。ヒッチハイクや野宿が特技となる。川を見つけると喜んだものだ。「体洗える!洗濯できるぞ!」って。

幼少期は勉強は大嫌いでした。でもある時から目覚め、結局大学院まで行きました(米国ワシントン州・MBA)。


大学院留学を終え帰国した翌年、25歳の時に、「ヒトと世界をつなぐ」「ヒトと社会をつなぐ」べく、2001年2月に起業。現在はAJ国際留学支援センター、AJ国際高等学院、アンビシャスジャパン留学センター(日本留学事業部)を運営しています。

2016年2月、おかげさまで15周年を迎えました。


AJ国際留学支援センター
AJ国際高等学院
AJネパール(ネパール法人 日本語学校)
アンビシャスジャパン留学センター(日本留学事業部)

NPO留学協会 理事

留学協会認定留学アドバイザー
British Council公認留学カウンセラー
Education NewZealand認定 スペシャリストエージェント

☆☆☆

管理や応対に全く自信がありませんので、申し訳ございませんがコメントやトラックバックはお受けしておりません。

当ブログに関してのご意見ご質問等は、直接E-mailにてお送り下さい。


e-mailiwasaki.jpg

BlueforTOHOKU.jpg
 株式会社 AJは、「BLUE FOR TOHOKU」をサポートしています。
Blue For Tohoku

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
カテゴリ
月別アーカイブ
Since Jan 2010
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
リンク
RSSリンクの表示